相変わらず下書きもせずに書き始めちゃうから
タイトルと関係ありそうな内容に見えない記事になってしまって・・・

まあ、無理に戻らなくてもいいかなあ、とも思ってしまうのですが。

ニッキやかっちゃんの問題に限らず、
身の回りでも、ちょっと考えさせられる出来事があったりして、
ふと、
こういうことか。
と再認識したというか。

「秘伝」
という言葉は誰でも聞いたことがあるけれども、
意味を考えたことがある人はどれだけいるでしょう。

ある年、二人の画家さんとそれぞれ別々にお話しする機会がありました。
偶然に、お二人とも「秘伝」の話をされました。

お一人目の画家さん曰く
「秘伝っていうのは、知ってしまったら誰にでも真似できちゃう簡単な技術だから、
もったいつけて隠していただけなんですよ。」

もう一人の画家さんは
「同じ技法でも、受け取る側の技術や度量が追いついていないと正しく受け取れないから、
秘伝ということにして、伝える時期を待っていたわけです」
とおっしゃいました。

私は後者の意見にまったく同感です。

同じことを見ても、価値のわかる人とわからない人がいる。

「簡単じゃん」とわかったつもりになっている人はきっと一生わかったつもりで終わるんだろうし、時期が来てきちんと受け止めた人はきっと、一生「簡単」とは思わないだろうと思う。

(こんな大事なことを、ネットの悪口なんかと同じ記事の中で書くことが不本意な気もするから、
場を変えて改めてきちんと伝える場を作ろうとは思う・・・)

「秘伝」みたいな姿勢を馬鹿にして、
なんでもかんでも自由だ平等だと声高に、隠すな、俺にも教えろ、みたいなのぞき趣味を同列に語ってしまうのがネットの世界。
本当の価値などわからない人間が本来なら触れることができなかった世界にうっかり触れてしまって、味わうことも、まして消化なんてまったくできないまま
評論家気分で世界をぶった切った気になって批評じゃなく批判する。
それが世界中の目に触れてしまう世界。

玉石混交の発言が混交のままぶちまけられている中、
玉をみつけだせる人は何人いるんだろう。
普通に考えればどんどん減るよね。
俗なものに触れて俗になることの方が簡単だから。
低きに流れていくのが見える。

でも、人間はそこまで馬鹿でもないのかな。
これだけひどい状態を経験してしまえば、よくなる力も生まれるのかな。
いつだかわからないけど。

みんなが学校に行ったりできなかった時代、
新聞や本が簡単に読めなかった時代、
時代劇や落語の世界のように、何も知らない人たちがたくさんいた。
無知や偏見は昔の方があふれていたんだしね。

なんて。
分別ありそうなこと書いても
私は石は見たくない!

よけるのだって手が汚れちゃうもの!!

書家・美術家 金子祥代 Kinkoちゃん随筆 
http://www.kinkochan.com/
長年古典で培った書の力をベースに世界各地で現代アートを展開中

注)最近は少年隊の話題が出ても大先輩扱いで錦織さん、植草さん、東山さんっていう呼び方をされることが多いので念のため書いておくと
錦織一清=ニッキ。植草克秀=かっちゃん。東山紀之=ヒガシ。
こんな説明が要る時代が来るなんて・・・(汗)

「おはなしコンサート」(童音社)復刊にご協力ください。
復刊.comは基本的には書籍の復刊活動だけど少年隊のVHSもなんとかならないかしら?