年末書いたアトリエのリフォームがゆーーーーーっくり進んでいます。

なかなか打ち合わせがしてもらえなかったり、じっくり話し合ったはずが現場に行ってギョッとすることがあったり、まあなかなか思うようにすすみません。

でも、こないだネットで調べものをしていたら
「リフォームうつ」
なんていう言葉を使っているのを発見し、
リフォームっていうのは日本でもやっぱり大変なんだなと思ったりしています。

救われるのは、関わる人がみんな陽気だっていうことと、職人さんが南米の人ばかりなので会うのが嬉しいっていうこと。私が南米が好きなのもあるし、南米の人は基本的に日本びいきですからね。

職人さんの一人がペルー人だと分かった時のこと。

「去年の9月にエクアドルに行ったんですよお。
ペルー料理を初めて食べました」

と相変わらず拙いスペイン語で言ってみたところ
「ああ、エクアドルとペルーはお隣だし文化が一緒だからねえ」

なんてうれしそうに答えてくれました。
その後に、さらに職人さんがなんちゃらかんちゃら話し始めたのですが、どうにか
「フーヒモーリ」なる単語を聞き取りました。

私 「フーヒモーリは食べたことがありません」

すると職人さんが笑いながら 「フーヒモーリだよ?フーヒモーリ。大統領のフーヒモーリ!」

ああああああ。やっとわかった私。

そりゃあ食べてないよねえフーヒモーリ

フジモリ大統領!

Fujimoriをスペイン語読みするとJIがヒになって、アクセントも「モ」の上に変わってしまう!「フ」も日本語の「ふ」と違うし「リ」も日本語の「り」と違う。ぜ〜んぜん違って聞こえるのだ。今現在も正しい発音を頭の中で再生できていません・・・

そーだー。
そういえば夏にコインランドリーで会ったペルー人親子も私が日本人とわかったらフジモリ大統領のことを話に出してくれたっけ〜。その人は大統領大統領っていう方を繰り返して言ってくれたから私が「フジモリ?」って言って通じたんだった〜。

こんなこっぱずかしい聞き取り違いをしながらも、この会話の中で感動したのは、夏のペルー人さんたちも、この人も、フジモリ大統領をほめてくれたこと。

1990年に大統領になった時にはずいぶんニュースになりました。
外国で日本人が大統領に!って日本中が誇らしく思った。

けれどもそれから後、日本でフジモリ大統領がニュースになったのは悪いニュースばかりだったように思います。日本人は今、彼をヒーローとは思っていないですよね。

でも。
ペルーの人たちは、フジモリ大統領が水道や電気を整備してくれたことをとても感謝しているのだそうです。
Fujimoriは聞き取れなくてもそこはわかったよ!
だってとても熱心に伝えようとしてくれたのだもの。

そして、歴史の表には出ていなくても、こんなところで恩恵を受けている私がいます。親日感情を持ってくれている人は「外国人」をやっている私には本当にありがたい存在なのですよ。
そんなわけでささやかながら、本当にささやかですが、この出来事を記しておきたいな〜と思いました。そしてフジモリ大統領に感謝。

こんなことがあるまで正直私もすっかりフジモリ大統領やら人質事件のことなんて忘れていましたが、フジモリ大統領について検索していたら、ペルーでの人質事件から着想を得た「ベル・カントとらわれのアリア」なる映画の記事が出てきました。昨年11月に公開だったのですね。
そしたら久々に日本では少し話題になっていたのかな?

渡辺謙が主役なのとフジモリ大統領の現在名が片岡 謙也なのには何か関係があるんだろうか??
・・・ないとは思うけどたまたま符合を発見したので書いてみました(笑)

書家・美術家 金子祥代 Kinkoちゃん随筆 
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長年古典で培った書の力をベースに世界各地で現代アートの世界を展開中
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