Kinkoちゃん随筆

書に遊ぶKinkoちゃんの気ままな日常 ・・・現代アートから海外情報、最近なぜか少年隊まで⁈なブログ

異文化発見ときどき日本

グッゲンハイム 美術館

せっかくスペインにいるのでビルバオのグッゲンハイム美術館に行きました。
abstract expressionism展が終わっちゃうのであわてて企画。
たしかに建物はすごいし展示もよかったんだけど、
もっとじっくり堪能できるかな〜と3泊にしたものの、グッゲンハイムは一日で十分だった。
むしろBilbao Fine Arts Museumの方が拾い物でした。

どっちの美術館でも結局一番目をひいたのはタピエス。
せっかくここまで来たのに。
タピエスは森田子龍とか比田井南谷とか、前衛書の歴史を勉強している流れで出てくるので名前は知っていたけど、価値をよくわかっていなかった。
さすがにスペインの人たちは誇りに思っていて、
しかもあっちこっちで作品に会える。
日本で紹介されているよりもいい作品がいっぱい。
これはとても得した気分です。
いっぱい見られるという点ではピカソもいっぱい見られるけど最近ピカソは飽きてしまった。
一時期ピカソのパワーに圧倒された時期があったけど、
最近はやっぱり抽象の良作の方が惹かれる。

抽象の話は置いといて、
具象でありパワーでありという点ではTAMAYOを知ってしまってからはこれを超えるパワフルはないし、
もうひとつの具象の雄(私にとってね)モディリアニの吸い込まれて時間が止まる感じはやっぱり他に類を見ないしこれらは飽きません。
おそらくはタマヨとモディリアニを同列で語る人もいないだろうし、好きな作家を二人あげるときに、これだけ違う個性を並べる人もなかなかいないと思うけど
それが私。

もう一人むしょうに楽しいのはアンリ・ルソーだけど、
3人ともスペインではなかなか作品に会えないのが残念です。

その点では3人とも出会いは日本でなので、地味に日本ってすごいね(笑)
一般大衆の芸術への理解度はとことん低いのに。

今日は西洋の彫刻を見ながら、むしょうに仏像が見たくなってしまった。
さらには狩野芳崖の悲母観音とかをなつかしがる私。

こういう奥深さとか芸術性とかは日本はすごいもの持ってると思うのよ。
すごい創作者はたくさんいるんです。今でも。
ただ、観る者がいないんです。
そりゃあゼロとは言わないけど、すそ野がない。
一般大衆とファインアートとの乖離が半端ない。
実に惜しい国なんです。
最近ではアートフェアとかコレクターとか流行ってるみたいな記事もみかけるけれども、
実態はまだまだ。
内容がかなり偏っているし、規模も小さいし。

ま、このあたりの鬱憤は書きだすと長くなるからいいや。

書家・美術家 金子祥代 Kinkoちゃん随筆 
http://www.kinkochan.com/
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久々のAHMAD TEAです

AHMAD TEA アラビア語


どこも住んでしまえば人の住むところ・・・
なんて悟ったようなことを思うこともあるかと思えば
まだまだエキゾチックな気分や発見もいろいろ。

いまのところマドリッドでいいお茶が買えるところがみつかりません。
日本茶は見るからに湿気ていることが多いし、
紅茶はフレーバーティーばかりで
普通のがなかなかないです。

バルセロナではたまたま近所にAHMAD TEA(イギリス)を置いているところがあって助かりましたが、
他のところではせいぜいtwining。
Liptonすらなかなかない。
デパートにはKUSMI Tea があるけど、普通のストレートのは品切れしていることがけっこうあるし、
おいしいけど高いし。

先日散歩していたら店頭に里芋とオクラが並んでいる店があったので
入ってみたらインド人の店でした。
そこで半年ぶりにAHMAD TEAと再会。
さすが紅茶はインドだよ。
こんな500gの特大パックまで売っている。っていうか500gしかなかった。
パッケージは何故かアラビア語。
なんだか新鮮。
値段もびっくりするほど安かったけどどうしてかな?

インド人の店員さんたちはやたらと日本最高!って盛り上がってくれました。
こっちがスペイン語で挑戦しているのに
英語でしか返してこないし。(彼らも英語が話せて嬉しいのかな。)
インドもアジアだぜ!なんて誇らしそうに言ってる。
もちろんですよ!
だから里芋とか紅茶とか欲しいもんが揃ってんじゃん。感謝。

一年ぶりの里芋とオクラはさっそく食しました。
しみる〜。
やっぱり食は和に限る。
外国で食べる和食はなんでこんなにおいしいかな〜?
本当に不思議。
私の料理の腕が上がっているわけでも
まして高級食材が手に入るわけでもないのにね。

現在は献立の半分は和食なのに
感動することしきり。

と。
エキゾチックな話のはずが和食最高。
ってところに着地。でした。

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ラテン世界の桜並木 ハカランダ・ジャカランダ

jacaranda mexico2017

去年カディスにいた時に
うわ!なんじゃこりゃ!
っと目を引いたのがこの紫の花。

背の高い大木が紫の花でいっぱいになっている光景は本当に驚きでした。

私だけが驚いているのかと思いきや、カディスに語学留学及びフラメンコ修行に来ていたトモミちゃんも驚いたって言っていたし、
コルドバに行った時初めて見た夫も
「なんじゃこりゃ?」
って言葉を発したし、やっぱり日本人には異様な光景らしい。

セビリアやマラガや色々なところに並木があって
「わ!ここにも!わっ!」
みたいな感じでいちいちびっくりしました。

写真を見せたらブラジルに住んでいた友達が
「なつかしい」
と言うので、彼女にとってもエキゾチックの代名詞であるらしい。
(同じスペルでもスペイン語ではハカランダ、ポルトガル語ではジャカランダと読むのだそう。)

今年も見られるかなと思っていたらマドリッドではみかけませんでした。
(どっかにはあるのかもしれませんが)
なんだか寂しく思っていたら、メキシコの人たちがフェイスブックにアップし始めて
「おおおおお!メキシコにもあるのか〜」
と嬉しくなって今年10月に予定されていた個展を来年のハカランダの時期に変えてもらいました〜。
(上の写真は今年のメキシコのハカランダ。フォルクスワーゲン=メキシコなので絶妙な組み合わせです)

前にメキシコに行ったときは季節が違っていて見られなかったのですが、桜のように並木になっているところがあちらこちらにあるらしく、春〜初夏の風物詩のような花なのだそうです。

メキシコからの写真を見て桜並木を連想した私の印象は正しくって
なんと、もともとは桜並木にしたかったんですね。メキシコの人は。

でも、メキシコには日本のような四季がないので桜には向かない。
ということで、当時メキシコに住んでいた日本の植木職人・松本辰五郎さんが
メキシコに向いた花はないものか、とブラジルから持ち込んだのがハカランダなのだそうです。

というわけで日本にはないのに日本と深いつながりがあったハカランダ。
来年が楽しみです。

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信用されている国

いよいよ本格的に創作したい!

ということでアトリエを引っ越ししているところです。

半年もの間まともな創作スペースなく過ごしたなんて、
なんてかわいそうだったんでしょう!私。

それでもどうにか作品を作ったりもして、年末なんて結構大きい作品も作ったり、
本当に頭の体操の連続。
リアルな生活がそのままパズルみたいな毎日を過ごしていました。
脳トレとしてはすごいかもね。

でもやっぱりストレスは大きい。
無駄に疲れます。

転居先もみつけて
ガスやら電気やらの手続きも済み、
今日はwifiの契約に行ってきました。

昨日大家さんつきそいのもと、
電話の会社に行ったら、
必要なものは銀行口座とパスポート、と言われたので、
口座番号を控えて今日は一人で手続きへ。

ところが、銀行口座は番号だけじゃなくて銀行の正式な明細?が必要だけど、
ちゃんと書類持ってきたの?
という。
ひーーー出直しかあ??
と思ったら、そこはネットバンキングできる?っていうから、その場でネットの口座のページを開かされてクリア。

で、次は身分証明書。
できればパスポートは使いたくなくて居住許可書を出してみた。
すんなり進みそうだったんだけど、
書類を作っている途中で期限切れに気付かれてしまった。
現在手続きの最中で、身分証の新しいのを受け取るのを待っているところなので不法滞在じゃないのだけれども、電話会社は「ダメ。その新しいのじゃないと」
って拒否。
ま、ごもっともってとこあるんだけどね。

今日の窓口の人はあんまり仕事に慣れていなかったみたいで、
「困ったわね、できないわね。」
って空気になっちゃった。
なので、昨日の窓口の人のメモを見せて、
パスポートも持ってるけど、って言ったら、
最初難色。

でも、昨日の人が書いてるじゃん、
ってもう一回見せたら、他の店員さんに相談し始め・・・

「どこの国?」
「日本」
「じゃあ、OKじゃん」

っていう会話をしている??
なんか不思議な気分で聞いていたら、
私の担当の人が
「どことどこがいいんだっけ?」
とか聞きだした。
すると

「アメリカとカナダと日本とモロッコ」
だそうな。

この4か国なら居住許可がなくてもパスポートで固定電話、およびwifiの契約ができるんだそう。

って、逆にここだけ?
と思ってしまった。
他の人困んないのかなあ?
まあ、この1年、私も自分で契約しなくてもなんとかなったから、
そんな感じでwifiサービスあります、っていうところを選んでみんな生きてんの?
それとも毎日カフェに通ってんのか??

カナダが食い込んでくるのも意外。
でも、なぜかスペインで出会った人の中で人口の割にカナダは率が高かった。
なんかあんのかな?

EUの人なら問題ないんだろうけど、スイスはどうなの?
スイスが入らなくて日本がわざわざ入ってる不思議・・・

つくづく他の国に比べてここには日本人が少ないんだけど、
たった4か国の中に入ってる。

なんかとにかく不思議だった。
ま、おかげで助かったけど。

2週間以内に技術担当から電話がいくから、そしたら開線。
と言われて手続き終了。

2週間wifiなしか・・・
カディス滞在中の不便を思い出してぞっとした。
少年隊のyoutubeも見られな〜い。

ところが家に帰ったら明日行く、って電話がありました。
たしかに2週間以内に間違いない・・・
おどすなよぉ。

人間万事塞翁が馬を5分サイクルでやったような一日だったなあ、今日。

そんなことばっかだけど。

とにかく1日も早く安定した生活を手に入れたい今日この頃。

今年のスタートもドタバタ・・・ふー。

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2016年。試練と感謝の年でした。

1月7日に渡航して一年が過ぎようとしています。

ここ10年ほど体質改善に取り組みながら
ぼちぼち生きてきたというのに、
なんてエキサイティングな毎日。
刺激が強すぎて、
ダウンを通り越して無理やり強くなりました。

例えば、10mの作品揮毫パフォーマンスの前後は
ものすごい重労働続き。

精神力でなんとかやってきたけど
今度こそ倒れるか?
っていうくらいのハードな作業。

とうとう全身筋肉痛になって、
腰も心配になってきた・・・

その日、シャンプーをすすいでいたら
突然シャワーが水に。

まだ寒い寒い3月の夜。

全身に電気が走るような冷たさ。。。。。。

神様!

私にどれだけの試練をお与えになるのですか?

そのくらいのショックが全身に。

凍えながらもシャワーから上がり、
震えた手で震えている体の水を拭き取る。

・・・が。

気づくと腰痛がない。全身の筋肉痛も一掃。

この時思った。

人間って、生きるか死ぬかの時には
痛いなんて感じてる余裕ないんだ。って。

一瞬で体は選ぶんだ。


こんな体を張った試練がいくつあったことか。

1月はさっそく激ヤセからスタートしたっけ。
測ってないけど2週間くらいで5kg以上落ちた。

激動の一年って今年のことだな。

つらいことばっかりじゃなくて、
素晴らしい仲間や先輩と
素晴らしいコラボをしたり、
はたまた個展をしたり、
達成感もいっぱいの一年。

何年分の出会いがあったか。

ものすごく素晴らしい出会いがたくさんありました。

本当にたくさんの人に助けてもらいました。
感謝ということの意味を日に日に理解しています。

そして、時差を乗り越えて、
夫婦の絆も深まっている・・・つもり。
たくさんの助けをありがとう。

みなさん来年も
いえ、末永くよろしくお願いします。
よい年をお迎えください。

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外国人と暮らす(4)国際語って2

そう、ここでタイトルに戻るけど、

国際語って英語じゃないです。

英語はひとつの道具だけれども、それを持っていても何でもできる道具じゃありません。

和歌の訳の時にも少し書きましたが、英語はできるのに、本人の経験不足で意味がわからなくて適切な表現が浮かばない、ということだってあるんです。
英語の特性で訳せなかった、みたいなことを書きましたけれども、
たーーーーくさんの英語話者にあたってみれば、マシな訳も出てくるだろうし、実はピンポイントの単語が存在するのかもしれない。

でも、それは英語を使う人が、もとの言葉をきっちり理解できないことには始まらない話なんです。

訳の例をあげると「インクの魔法」のスペイン語訳をしてくれた男の子も、何か所か誤訳をしました。
翻訳力はかなり高いセミプロなんだけど。

その誤訳を指摘してくれたのはアダルト〜なお姉さま。

誤訳を指摘されても彼は最後まで理解できなかった。

つまり、訳する技術の問題ではなくて、
大人の男女の心の機微がまだ理解できてないっていう話だったんです。
もう26歳なんだけど・・・


恋愛経験に限らないですよね。

先日も、賃貸契約書の一部が理解できなかったので、コピー屋さんでプリントして、コピー屋さん(英語が上手なおじさん)にちょっと教えて。ってお願いしたところ、ちょうど私の前にいた「私英語できます」っていう女の子が「どれどれ」と目を通した後ヒステリックに叫びだしました。
「こういう法律のことは弁護士に聞くべきよ!弁護士に聞きなさい弁護士!」

うそ〜。たった数行のために弁護士に何万も払うんかい〜。
はっきし言ってGoogleの珍妙な訳でもだいたいのことはわかってんだぜ、私にだって。

その後、手のあいたコピー屋さんに見せると、
「ああ、ちょっとした法律用語があって君にはわかりにくいと思うけど、一般的な契約書だから心配ないよ。『・・・・・・』って感じのこと言ってる。不法滞在とかしなければなんも関係ない話」

とのこと。
念のため契約当日に大家さんのお嬢さんにも聞いてみると、やはりいたってシンプルな内容でした。
「英語できます」ちゃんは契約書っていうものに触れた経験がなかったので専門用語に過剰反応ってだけのことだったんです。

英語ができるくせに意味がわかんない人の話が続きましたが
逆もしかり。

たとえば、ミュージシャン同士だったら言葉がわからなくてもセッションできちゃうし、スポーツ選手たちが海外で一緒にプレーできちゃうのも、語学以前にルールを知ってるからです。

私の場合にしても、もし私の英語が今より数段うまくても
「ピカソって誰?」
なんて感じだったらおしまいじゃん?もう同業者に相手にされません。

逆に価値がわかる者同士なら、ちょっとくらい拙いいいまわしでも共感しあえるわけです。

国際語っていうのは「教養」なんだ!!

あるいは、そんな専門分野の話じゃなくたって、
こないだ私が鍵があけられなくて締め出された時にはスペイン語しかわからない人たちに助けてもらいました。
その人たちの人柄。人間力のおかげです。

だからねえ。
英語の授業時間増やすくらいなら、

箸がちゃんと持てる子を増やしましょう。

きれいな日本語を話せる子を増やしましょう。

いっくら英語が話せたって、そんなことすらできない日本人には値打ちを感じてもらえないんです。

英語話せる「だけ」の人なんて世界中にごろごろいるんだから。

で、まずは人として受け入れてもらえた上で、共通の話題で盛り上がる。

この順番じゃないんですか?

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外国人と暮らす(3)国際語って

ここまでなんで私が外国人と暮らしたの?って???な人も多いと思いますので説明しますと・・・

あんまり知られていませんが、アーティストインレジデンスっていうのが世界各地にあるんです。奨学金付で、制作、滞在費などすべてサポートしたうえ、デビューのきっかけまで、っていうファーストクラスのものから、滞在を希望しさえすれば有料で、アパートみたいな感覚で住まわせてあげるよっていうのまで様々なんですが、多くの場合、同時期に各国から芸術家が集まって、シェアハウスみたいな共同生活をして、刺激しあいながら創作活動をする。
っていう場所です。

そこで今年5月まで私が生活を共にしたアーティストは入れ替わり立ち替わり

イタリア、アメリカ、カナダ、モロッコ、ウガンダ、スペイン、パレスティナ、トルコ、スーダン、シンガポール
10か国。13名。 

コラボしたのは現地に住んでいるルーマニア、メキシコ、スペイン人
私と同じ視覚芸術のほかに、建築、写真、音楽、パフォーマンス、文学と専門は様々。

作品鑑賞、あるいはワークショップに参加してくれた形で、上記のほかに
中国、台湾、フランス、チリ、ブラジル、エクアドルなどの人たちと出会いました。
普通に日本で生活していると一生会えそうにない国の人たちもたくさん。

だからせっかくスペインに初めて来て、初めて生活できるというのに、
英語ばっか使っててスペイン語はまったく上達してない。

でも、考えてみてください。

これだけいろいろな国の人たちが来ていたけど、自分の国の土着の言語を使っていない人ってメキシコ人とカナダ人だけなんだよ。
他の国の人はみんな自国語の他に英語を使っているんです。
英語ネイティブは少数派なんです。いくら国際語運動していたってさ、
スペイン語圏と中国語圏たしたら足元にも及ばない数の人しか使ってない言語なわけです。

ここ、忘れてる人多くないですか?

なんか、小学生から英語必修とか聞いてるとさ、
時代錯誤を感じちゃうんですよ。まだ言う?って。
だって、日本国内では日本語があれば十分な上、
世界では日本語を学んでいる人がどんどん増えています。
彼らは私たちと会ったらむしろ日本語を話したいのです。

それに、今では海外旅行だって、英語が通じない国にも簡単に行けちゃいます。むしろそういうところに行く人が増えて、この狂乱がおかしいって気づいてほしい。
だからといって、すべての国の言葉を覚える必要ないですよね。
旅行レベルなら、ジェスチャーだけだって大抵のことは通じるでしょ?
人間が根本的に必要としていることはどこの国の人だって同じ。

食べる。寝る。トイレ。

これができれば生きていられるわけ。とりあえず。
この「概念」を持たない「人間」ってあり得ます?
値段は数字かけば会話になるし、
駅や空港だって名前さえ書けばタクシーが連れてってくれます。
もうちょーっと複雑なことでも、ケータイでググるなり、指差し○○語の本使うなりで、なんとかなるじゃないですか。
そういう意味で、1週間程度の旅行をするだけのために国民全員が英語を修得する必要ないんですよ。
翻訳の機械だってどんどん良くなっちゃうんだから。

確かに前回書いたように文学を機械で訳すことはできません。
人間がやっても難しいものです。
だから芸術なんです。
だけど、それを国民全員ができる必要ないでしょう?

プロとして英語を使うには楽しいだけの英語じゃ話になりません。論文読み書きしたりビジネス文書やり取りできなきゃ意味ないんです。
その文書の文法がめちゃくちゃだったら信用してもらえないし。
だから学校はその入口を示さないといけないと思うんです。どの子が将来そういう本物を必要とするかわからないのだから。
だけど、必要がないとわかった人は深める必要はない。今までと一緒。

楽しく英語!とか話せる英語!
とか浮かれて規制の教育を批判している人がたくさんいるけど、
よく見れば、批判してる人って自分が苦手だった人じゃないのかな?
規制の教育で十分身に付けてしまった人なんていくらでもいるんです。
少なくとも私はたくさん会ってきました。
あんたネイティブか?なんでそこまでわかんねん?みたいな同級生ゴロゴロいました。

英語に限らず、苦手な人はどの教科でもいるじゃないですか。
なんで英語だけ騒ぐんだろうな、と思うんです。

英語が苦手でも、韓国語なら得意かもしれない。
同じ時間と労力を、他の言語なり、あるいは専門に向けた方が実り多くないですか?
(つづく)

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外国人と暮らす(2)英語の話

なんだかいまだに国際人=英語。
外国=アメリカ

って思ってますよね。日本人って。
いまだに、というよりも、より一層アメリカにむいちゃってるみたい。
ヒップホップ必修とかも含めて。

確かにいろんなところで英語を共通語としていろんな国の人と話せるのは便利ではある。「説明する」という機能性にはまあ優れている言語とも。

でも、それはあくまでも、手順を説明したり、ざっくり理解するには便利というだけにすぎません。どう考えても情緒面では物足りない言語だと痛感します。

中国語とスペイン語をかじっていますが、こみいったことはまだまだなレベルです。でも、彼らの話す音が耳に心地よいし、人柄にも影響している気がします。人柄が言葉になってる、が本当なのかもしれません。
フランス語圏の人やイタリア人とも同居しましたが、それぞれの言葉に魅力を感じています。
言葉は文化そのものだなあ、ともしみじみ感じます。

バルセロナでは、ある回の書のワークショップで和歌を書きました。
参加者はスペイン人とフランス人。
書く前にまず、和歌の内容を説明しなくてはなりません。
字も知らない初心者に31文字も書く大仕事をさせるモチベーションとしても、しっかり世界観を伝える必要があります。

いくら相手がスペイン人とフランス人でも、私が話せない以上仕方がないので英語メインのレッスンです。私が指導するのを知っていて参加希望した人たちなので、英語はわかる人たち主体なのですけれども、和歌の訳をするとなったら別次元です。だって現代日本語にだって完全には訳せないんだから。
それで、準備の時に、滞在中だったスコットランド人に相談したのです。
・・・が

火のように燃えたぎる恋心。
とか、
絶え間なく流れる水のような静かでも確かな愛
とか
そういう恋心を訳す単語は「う〜ん。ない!」
って言われちゃった・・・
強いて言うなら
I fell in love deeply.とか?とぬかす。
アホか。

これは英語そのものの問題ではなく、彼女という人間の経験不足から来るだけかもしれない。
彼女が来る前に滞在していたアメリカ人小説家ならもう少しはマシなことを言ったかもしれない。
でも、彼に俳句の訳を校正してもらった時も、
ああそうやっていうのか英語では〜。と英語の勉強にはなったけど、文学的な魅力は消えちゃうのね〜。状況説明だけで美しくもなんともない!
と拍子抜けしていたんだよね。

だから、まあ完璧な訳はできないけどしょうがないか。
イメージだけわかるように外側から説明していこう。
と、平安の姫様たちの絵巻の画像を見せながら、その時代の恋愛模様。
文字の、そして和歌の果たした役割。
っていうのを説明して、
いざ、本日作品化に挑戦する和歌の解説へ・・・

そ・し・た・ら〜

まあ簡単だったの。
ラテンのご婦人たちにはバッチリ伝わっちゃったのです。
で、みんな「あーーー英語では言えませんねえ。でも。私たちはわかります。フランス語でもいいますよ。炎のような思いとか。」
スペイン人たちもamorの話題にのりのり。

さすがラテン系。
感情の機微がわかるわかる。で、彼女たちの言葉で言われると、文法がわからない私にも「愛の言葉」の情感が伝わってくるんだな。ロマンチックでした。

で、ここまでコケにすると英語好きの方々は
シェークスピアを知らないのか!
って怒り出すと思います。
そりゃあ、私も津田塾なんで〜。
原語にも触れましたけどぉ。

そりゃまあ哲学的な部分とか、お話のぐいぐいひっぱる感じとか、
評価するところはたくさんあると思いますよ。
でもねえ。
今考えてみるとォ。
明治の先人の訳が素晴らしかったんじゃないのかなあ、と思うんです。
日本人がこれほどまでにシェークスピア文学を評価するようになったのには。
美しい訳だったんですよ。訳自体が芸術だった時代。

すんごい有名なセリフとかも英語の原文を知ると
さっぱりしてんな〜。
って思いません?
まあ昔ながらの正統派のイギリス英語の響きは確かに美しいから、我々が学校英語から想像する音よりははるかに美しかったんでしょうけどね、もともと。でも、シェークスピアみたいな古典的ないいまわし、現代英語ネイティブは使わないじゃん。

ましてや英語を話す人が世界中で増えると同時に下卑た現代アメリカ英語が広がっていくでしょう。
勉強と称してアメリカのテレビや映画を見る人が増えるし。
ほんっと残念だよ。
ま、アメリカ人の悪口はまた今度。

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外国人と暮らす(1)

今年は生まれてから一番外国語を使った。
そんな生易しいものじゃないな。ほぼ外国語のみだ。
しかも普段以上に書類上でもリアルでも今までの生活ではありえないほどたくさんの人とのやりとりが続く毎日。
特に1月から5月まではいつも2人以上は「同居」していて、何も話さないでいられる日なんてなかった。それも一日中。

二月の深夜、字幕つきで上映する(つまり音声は原語)映画館で「海街diary」を見たのが最初の休憩だった。
おだやかでもリアルな日常生活と、ちょっとノスタルジックな日本家屋と景色。
日本語オンリーの2時間。
おどろくほど疲れがとれたのを感じた。
ただ、そこから出た後目に入ったバルセロナの景色に、
居心地いいなあ、と感じたのも事実だった。
不思議とホームシックにはならない。

これは今に至るまで不思議で、
なぜだか何度も考えている。

絵画とか音楽とか、芸術を「鑑賞する」という概念は大人になってから自分で覚えたものだ。
家には何一つなかった。
唯一触れていたのは、ずっとブログでも紹介している「おはなしコンサート」のレコードと絵本。
0歳から世界の文学と素晴らしい絵に触れる機会をくれたのはこれだった。子ども向けの絵本なのに大学生の時ですら時々針を落としていたくらい聞いた。
わかっちゃいるのに絵本もめくってた。
同じ環境にあっても弟はほとんど興味を示さなかったのだから、生まれつき私にだけそういう嗜好があったということで、つくづく生まれながらの個性っていうのはあるものなんだな、なんて今頃思ったりもしている。
世界文学全集みたいなのが大抵の子の家にあったり(逆に私は持っていなくて図書館だったけど)テレビではカルピス劇場とかで世界文学が上質なアニメになっていたり、
むしろ現代よりもアメリカ一辺倒じゃなく世界を意識させてくれる時代だったようにも感じる。
そんな中でも「フランダースの犬」とか「母をたずねて三千里」とかヨーロッパや南米の作品に惹かれたっていうのも、すでに芽生えなのかな。
カルピス劇場ではないけど「アンデス少年ペペロの冒険」もいまだに無意識に口づさんでいたりする。再放送が少なくて話はよく覚えていないのにエル・ドラドの黄金の光景がふとフラッシュバックされることもよくあるし。

それともう一つは壁にかけていたカレンダー。
父の会社がカレンダーを作っていたので、毎年親戚全部の分をバラエティ豊かに持って帰って来た。
よりどりみどりなのに、結局私が毎年選ぶのは「泰西名画」なるシリーズ。
泰西ってなんだ?なんて疑問もないままに。
2か月ごとに1枚ヨーロッパの風景がキャンバス地のような質感の紙に高級印刷されているもの。だから一年に6枚に触れていることになる。
これも理由はなかった。
一回だけ違うのにしてみたら落ち着かなくて翌年からまた戻った。
通すと20年くらいはずっとこの18世紀ヨーロッパの風景画があるのが当たり前だった。
5年くらい前にベルギーの公園で、その絵の中にいるような感覚になって、ふわーっと思い出したっけ。美術館でも18-19世紀頃の風景画の部屋ではホッとする。

スペインの風景は植物が中央〜北ヨーロッパとは違うけれども、冬になって、紅葉して落ち葉になってからの枝ぶりと冷たい空気の感覚がヨーロッパを感じさせてくれるようになった。

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↑でも書いた「おはなしコンサート」↓
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外国人だって傘をさすのだ!

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日本は梅雨ということで・・・

何故かテレビのコメンテーターはあっちこっちで
「外国人は傘ささないから」
と言います。

たしかに霧雨くらいだとささない人も多いですよね。
でも、これって日本も一緒じゃない?

それに、寒い国の人たちは寒い季節にはフード付きのジャケットを普段から着用してることも多いから、
少々の雨ならそれでOKだったりします。
でもやっぱりフードはかぶります。
それに本当に寒い時は雪になっちゃってあまり雨が降りませんものねえ。

日本の梅雨みたいにしっかり雨が降ってるときに
わざわざ傘をささないで歩く人っているんでしょうか??

外国人って誰?

あーゆーコメンテーターが外国人っていう時、たいていは西洋人をさしていますよね。
でも、
少なくともヨーロッパでは、
みなさん傘をさします。

しかも、日本みたいにビニール傘じゃなくて、きちんとした傘。

つまり間に合せじゃないってこと。

本当にいままで何回「外国人は傘ささないから」発言を聞いたことでしょう。
テレビでも、
周りでも。

外国人って一体だれのことなんだー???

そして実際を見ない人たちの口から口へ
まことしやかに伝わって行くんだ。。。こわいですね。

きっと他にもそういうこと多いんだろうなあと思います。

ちゃんと自分で見たことを話そうね。

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良いものは伝えていきたいですね。

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