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電動タッカーを買ったらパッケージの中から出てきた出てきた取り扱い説明書12冊。
これ内容はすべて同じ。
何か国で販売されているブランドなのか各国語の説明書がついています。
それぞれ裏は別の言葉のもの。
エコじゃないけど在庫管理も大変だから全部入れちゃうんですね。

こんなにあるのに英語がなかった・・・

難しいものじゃないから説明書なしで使い始められたけど
こんなにあるのにめずらしいなあ。

こんなに、と書いていますが翻訳がたくさんついてくること自体は
このタッカーに限ったことではなくて電気製品は結構こういうことがあります。
洗濯機や電子レンジ、掃除機などなど。
やけに説明書が分厚いなと思うといろんな言葉のものが一冊に入っていたり、
くわしい説明が要らないものだと大きな紙一枚に全部まとまっていたり。

日本の日韓中表記どころのレベルじゃない。
むしろ漢字を使う我々のは文が短くて紙が少なくてすみます。

いろんな文化が隣り合って生活しているんだなあと実感する瞬間です。

これからは英語さえできれば、
なんていうのはやっぱり暴論に思える。

こういう商品っていうのは生活に根差していて、国中のみんなに理解できないといけないものだものね。わざわざ外国にでかける人じゃなくて、そこに生まれてそこで育った人たちがみんな理解できないといけないんだもの。
近くにいるのに翻訳が必要なほど違う言葉を使っている、つまりは独自の文化を持っている人同士が同じ製品を使っている。
これまたおもしろいな、と思います。

でもやっぱり、同じものを使う部分はあってもそれぞれの違いは持ち続けていいと思う。

違う水を飲んで違う植物に囲まれて生きているんだもの。

この違いを翻訳機が完全に訳す日なんて絶対来ないと思うし、来なくていいと思う。
同じ文を同じ語学レベルの二人が訳したって違う訳になるのだから。
それが人間じゃん!

ヨーロッパにいると、こんなにせまいところなのになぜかいっぱい言葉があるのが不思議です。
日本の方言の多様性もすごいですけどね。
東北弁と沖縄弁の違いどころか、関東の人でも東北弁を理解できなかったりして。

ヨーロッパの違うところは、交流も盛んなんだからいっそ共通語作っちゃおう、っていう発想にならずに
お互いが各国語を話しちゃう。
そんな人たちを見ていると「違い」を認めた上での上手な国際交流のお手本があるな、と思います。
そらまあ外から飛び込んだ者にとってはちょっと大変だけれど。

これは本当に日本ではわかられていないと思う。

とにかく「英語圏=世界」ではない!!!

イギリスはヨーロッパだけど島国だし、アメリカは歴史がないんだし、
国境を接している小さな国々の人たちと同じ文化は持っていません。
英語圏は英語圏で興味を持つ人たちを否定しないけど、それが全てだ、一番だ、
っていう勘違いは絶対してほしくない。

せっかく我々日本人も世界の中ではずいぶん変わった人たちなんだから
英語身につけて国際人!なんていう単純なステレオタイプにはまらないでほしいです。
道具として英語を覚えたとしても
日本人は日本人でいよう。
全国の英語の先生に大声で伝えたい!
(届くかな?)
自分たちが変わっている小さな国だからこそ、
ほかの小さな国のこだわりとかもわかってあげられる素地を持っているのじゃないかしら。

少なくとも私はどこへ行っても
会釈しちゃう日本人でいるつもりです。

郷に入っては郷に従え
も大事な局面はたくさんあるけど
それはまた別の話。

追記:ヨーロッパ礼賛ってことでもないんだけれどね。
   先日もビデオダンスミーティングの時に
  「フランス人はいじわるだった」
   という話で盛り上がったばかりです(笑)
   フランス人のご主人とアメリカ人の奥様とともに。
   あくまでも過去形だから笑えるんだけど。

書家・美術家 金子祥代 Kinkoちゃん随筆 
http://www.kinkochan.com/
長年古典で培った書の力をベースに世界各地で現代アートの世界を展開中

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