1ほほえみ


私は7歳で書道を始めましたが、もちろんその頃はそれを仕事にするなんて考えてもいませんでした。

他の子のように「パイロットになりたい」とか

「歌手になりたい」とか

イメージすることすらできないおっとりした子供だったのです。でも幼稚園でも小学校でも「何になりたいか」聞かれることは多いもの。その度に困って、隣の席の子をまねてお嫁さんの絵を描いたりしていました。

そんな私が初めて口にしたなりたい職業が「薬剤師」でした。

といっても、それも受け売りで、きれいな仕事だし、女の人がずっと働ける仕事として周りの大人が強く勧めたからに過ぎません。
それも算数が得意だから理系だ、だったら薬剤師だ、みたいな荒っぽいお話です。
でも、勧められた私としては真剣に興味を持つわけです。それで、近所の薬屋さんの白衣の女の先生を興味を持ってながめたりしていました。

その大ベテランのセンセイのイメージそのままに
「頭がよさそうで、やさしそうな理想の大人」

「人の役に立つ立派な仕事」

とすっかりその気になって、カウンターに置いてある高そうな天秤があこがれの象徴のようになりました。

ところが、どこにでも意地悪な子というのはいるもの。せっかく初めての夢を口にした私にこう吹き込むのです。

「怖いよお。お薬っていうのはコンマ何グラムの世界なんだよ。ちょっと手が揺れて多く入れちゃったりしたら命にかかわるんだよお。昔あのお店でこんなことがあったらしくてさあ・・・」

とまことしやかに怖い話を・・・。
案の定、気の弱かった私は震え上がり、「私にはできない・・・」とあきらめたのでした。

もちろん今思えば随分まゆつばな話だったのですが、お薬というのはとても大切なもので、お薬を調合するというのは失敗を許されない責任の重い仕事だということは事実でしょう。子供の想像できる範囲では、その責任ばかりが大きく膨れ上がってしまって、怖くなりましたが、おかげで命というものを真剣に考えた初めての機会になりました。

もう昔のように手で天秤で量ることはほとんどないのかもしれません。
でも、薬剤師さんが大切な仕事をしているということは今も変わらないと思います。多くの人が、わからない体の問題を抱えて、不安になり、専門家の薬剤師さんたちに接するだけでちょっと楽になったりもしているんだと思います。それは、白衣のセンセイに憧れていた小さい私と同じような気持ちで、すっかり信頼して頼ってしまうのではないでしょうか。そのホッとする気持ちが薬よりもいい薬になっていることも多いのでしょうね。

でも、いくら患者さんが笑顔を求めてやってきても、薬剤師さんたちだって、疲れていたり悩んでいたりすることがあるでしょう。それでも笑顔でお店に立たなければいけないということはとても大変なことだと思います。そんなみなさんが、仕事をはなれてちょっとだけホッとできる時間を持っていただけるなら、本当に嬉しいと思います。
補足:「心の相談室」はもともと調剤薬局さんのホームページで薬剤師さんのために書き下ろしたものです。
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【Kinkoちゃん随筆】 書家・美術家 金子祥代 https://www.kinkochan.com/
長年古典で培った書の力をベースに世界各地で現代アートの世界を展開中
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