11出会い

今まで私はいろいろな「教える」を経験してきました。

書道教室だけでなく、サークルや会社での後輩指導もそうですし、家庭教師や塾講師など、個人レッスンから少人数クラス、何十人ものクラスまで内容も対象も様々でした。

その中で特に印象に残った生徒の一人にのりこちゃんがいます。
大学生の時に家庭教師をしていた小学生です。
他の大学に通っていた先輩の紹介で、まずはお母様とお会いすることになりました。
おすし屋さんのカウンターのようなところでお話した気がします。

のりこちゃんは病気で長いお休みをした後、授業についていくのが難しくなり、5年生の今は特別クラスに入ったり出たりをしているけれど、卒業までになんとかしてあげたいということでした。

私はお話を聞いている限り、問題のある子とは思わなかったので是非やらせていただこうと思いました。
お母様も私を大変気に入ってくださいました。
けれど、ひとつだけ躊躇されていました。

随分悲しい目にあってしまったために、なかなか素直になれない扱いにくい子になっているので塾や学校ではなく家庭教師を探していているけれど、手強いので絶対男の先生じゃないと無理だと。そう言ってあったはずなのになんで女の子を紹介したのかしら、と困っていました。

「今まで男の先生たちですら音を上げてすぐやめてしまったのだけれども、大丈夫でしょうか。
うちの子は難しいですよ」と。

聞けばのりこちゃんには大きいお兄さんが2人いるとのこと。お兄ちゃんのことも大好きなので男の先生の方が合っていると思っていたのだ、ともおっしゃいました。

その時ふと、私がのりこちゃんの年頃だった時のことを思い出して話してみました。
私は長女で女兄弟がいないので近所のお姉さんとお話ししてもらうのが大好きだったのです。

「もしかしたらのりこちゃんもそんな人を求めているかもしれませんよ」

お母様はまだ半信半疑でしたが、まずは一度会ってみることになりました。

女の子らしいことをしたことがないとのことだったので、あえて、その日は

「お姉さんと過ごす時間にしてみましょう」と提案しました。

教科書抜きで一緒にクッキーを焼いてみることにしたのです。

粉を量ることだけでも立派な算数ですから実は授業にもなって一石二鳥!

はたしてのりこちゃんにとって初めてのお菓子作りの日が来ました。

素直になれるように、お母様にはキッチンに入らないようにお願いして、最初から最後までのりこちゃんの手で作りました。

その時ののりこちゃんは私には普通のかわいい女の子。
お母様も楽しそうなのりこちゃんの様子に驚かれていました。

そして、次の週から卒業まで毎週2回、一緒に算数を勉強することになったのです。もちろん無事に中学生になりました。

10年ほどたってお母様から久々にお便りをいただきました。

「今のりこはオーストラリアに留学しています。先生と作ったクッキーがきっかけで調理の専門学校に入りお菓子作りの道に進んでいます。」と。

感激でした。

人との出会いは、時にわずらわしいこともあるけれど、たった一つの出来事が人生を変えることもあるのですね。

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【Kinkoちゃん随筆】 書家・美術家 金子祥代 https://www.kinkochan.com/
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