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アントワープのノートルダム大聖堂の奥「キリスト降架」という大きな絵の前に小さな机があって、ここに各国語に訳されたちょっと変わった説明があります。

「日本ではこの『キリスト降架』の絵については、誰でも知っています。その理由は何世代にもわたる日本の人々が、アントワープの大聖堂で起こった物語について知っているからです。それこそが、日本の天皇皇后両陛下が、1993年にアントワープを訪れ、この絵の鑑賞に熱心であった理由なのです。」

もちろんその物語とは「フランダースの犬」です。
ネロが死ぬ間際にやっと見ることができたルーベンスの大作がこの絵なのです。
この文の続きにはネロとパトラッシュの物語の要約まで書かれています。実際に起こった事件でもないのにどうしてこんな説明書きがあるのでしょう。

実は「フランダースの犬」は舞台となったベルギーではほとんど知られない存在だったのです。
作者はイギリス人でベルギーに住んだことがあることからこの小説がうまれました。

10年くらい前にたまたま見たテレビ番組で我が家はとても盛り上がりました。

実は「フランダースの犬」を目的に訪れるのは日本人だけらしいというウワサを検証しよう。

という特集でした。
「大聖堂には日本語が書かれたステンドグラスがあるらしい。興ざめ・・・」という観光客の声がひそかに有名になったころでした。
町の人々へのインタビュー開始。
会う人会う人にマイクを向けて
「フランダースの犬を知っていますか」
と質問していくのです。

結局知っている人は少しもいませんでした。

そして理由が素晴らしい。

現地の人のコメントはこうでした。

「ベルギーではこんな困った人を放って死なせるようなことはありえません。」

そう。あまりにも非現実的で共感が持てないというのです。
ある時期から急にアントワープへの日本人観光客が増え、来る人来る人がそろって「ネロの絵はどれですか」「ネロの家はどこですか」と聞くのでベルギー人が興味を持ち、とうとうネロの暮らしていたホーボケン村にネロとパトラッシュの像が建つまでになり、ベルギーでも「フランダースの犬」の翻訳が出版されることになったそうです。

そういう変わったエピソードからノートルダム大聖堂の説明書きが生まれ、今ではさらに他の色々な国でも翻訳が出されているそうです。

番組を見た後「いくらなんでも全然知らないなんて・・・」と思った私たちはベルギー人と出会う機会がある度に必ず「フランダースの犬を知っていますか」と聞くことにしました。
すると、本当に一回も会わないのです!!
「読んだことがない」ではなくてタイトルすら知らないのですから。

テレビが編集でカットしたのでは?という疑問も吹き飛びました。
そして何なの?という質問をされてストーリーを話すとやはり今ひとつピンとこない反応が返ってくるのです。

実際、質問したベルギー人もみんな印象がよかったので、フランダースの舞台というよりも親切な国としてのベルギーに今度は興味を持つようになりました。
(つづく)

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【Kinkoちゃん随筆】 書家・美術家 金子祥代 https://www.kinkochan.com/
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