21 占い
本田健というベストセラー作家がいます。彼の本の中に
ミリオネアは持っていなくてビリオネアは持っているものがある。それは占い師だ。
というようなことが書いてありました。

大成功者は占いにたよるのです。
なんだか不思議に思う方もあるかもしれませんが、私は彼らは謙虚なのかな、と思いました。

占いというのは統計学だと私は思います。
たとえばバブル経済は30年に一度訪れると言う人がありますが、それは30年すると痛い目にあった人が会社からいなくなり、怖さを知らない人が入ってきて同じことを繰り返すからだそうです。

結局人は学習がないと同じことをしてしまう習性があるわけです。

それは人生も同じ。

孔子の言葉も今読んでもちっとも古くなく、むしろ新しい響きを持って教えられるくらいですもの。

これをやったらこうなる、こうしたらこうなるというパターンはいくら自分が何日も考えて出した答えであっても、たいていはとっくに歴史の中で誰かがやっていることなのです。

だって考えてみれば
私より頭のいい人が世の中に何人いるでしょう。

それが100年の間だったら何人。1000年だったら?
そう考えたら、自分ひとりがゼロから考え出すことなんて、とびきりいいはずなんてないわけです。

自分がちょっとでもましなことをしようと思うなら、まずは今までのすごい人たちが汗をかきかき苦労を重ねて考えたことをダイジェストでエキスをいただいちゃって、それから自分なりに何ができるか考える。
あるいは歴史で大失敗した人がいたら原因を知って同じことはしないですむようにする。
それしかできません。

占いを考えた人は、とっくにそんなことに気づいた頭のいい人で、数え切れないほど多くの人のパターンを研究してタイプわけし、それをまた何千年も改良しながら統計をとってきたということか

と、ある日こうひらめきました。宮城谷昌光の小説を読んでいたときです。

彼は中国の古代を舞台にした小説を多く書いています。
読むたびに、スケールの大きさに度肝を抜かれます。
ひとつの戦で1000人単位の人がバサッと死んでいったりする。
それを想像したとき、一人の人間の小ささと、どれだけの人間が人生に翻弄されてきたかという宇宙的にも感じるほどの大きさを感じて呆然とするのです。

どうですか?

そう考えたら、歴史をふりかえったなら、自分と同じように生まれて同じようなパターンで生きてきた人なんて必ず一人くらいはいそうではないですか?

歴史はその人がどうなったか、もう知っています。
だからちょっとでもよくなりたいな、と思ったらその人がした失敗はしないようにして、上手にできた人のやり方を教わったらいいわけです。

私はそのように考えるようになりました。

別に趣味のように頻繁に通ったり、占い記事を片っ端から読むようなことがいいのかはわかりません。
でも、大きな決断をせまられたときや答えが出せないとき、耳を傾けてみるのも悪くないのかなと思うのです。
そうして出る答えは一人よがりでない気がします。
それに、考えても答えが出ないことに使う時間が減らせるのは心の健康によい気がしています。
こんな風に感じているのは数少ない経験からの私の個人的な感想ですが、ビリオネア(=大金持ちさん)たちが占いをたよっている事実には説得力があると思うのです。

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【Kinkoちゃん随筆】 書家・美術家 金子祥代 https://www.kinkochan.com/
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