31 ほめられる

ある時、小学生の女の子が
「先生はいつもほめるけどさ、本当にこれ(私の字)いいの?」
と言いました。

わずか十年足らずの人生で、この子は何を体験してきたのだ?

驚きましたが、ふと、その子の経験、つまり本音とは限らない言葉に触れる経験の方が世間では実はよくあることなのかもしれないなと思いました。

ある時、同級生から
「あなたはありがとうと言ったりごめんと言ったりするのが苦手なダメな人間だ、嫌いだ」
と強く非難されたことがあります。
彼女が言うには、先輩方と私がもめていて、そのせいで同級生の彼女までひとくくりで悪く思われる。だから謝れ、どうして謝らないのだ。と言うのです。

私には誰に何をあやまらなければいけないのかさっぱりわかりませんでした。

なぜなら、先輩方との関係は悪くなく、お互い真剣に話し合っていただけだからです。
真剣すぎて、傍からは喧嘩に見えてしまっていたようなのです。

先輩方はその時もその後もずっと親しくお付き合いくださっています。
しかし、別の意味では彼女の言葉は事実だと気がつきました。

私は彼女たちのように、あいさつのように「ありがとう」と言ったり、とりあえず「ごめん」と言ったりすることが全くできませんでしたから。
とりあえずその場ではにこにこしながら陰で悪口を言う少女たちの姿に触れる度、おなかの中にどす黒いものがズシンと感じられ、どうしてよいかわからずにいました。

随分人生経験が増えた今でもやっぱり会いたくもないのに「また会おう」とか、社交辞令が言えません。

要するに思ってもないことを言うのがとても苦手なのです。

だから私がほめる時、まぎれもなくそれは本物です。

小さいことでもよいと思ったら本気で言っています。
私にほめられることがあったらどうぞ素直に聞いて喜んでください。

さて、冒頭の小学生の質問に、私はもう一つのことを考えさせられました。

私が書を続けて、長くやっていればこそ仕事にまでしてしまった最大の原因は何か。
それは
先生が「上手い」と言えば「そうなんだ」と思えたおめでたい子供だったからではないか。それに尽きる気がしました。

だって子供の頃、先生の言葉を疑うなんて考えたこともありませんでしたから。

私は天才じゃありません。
今までたくさんの子供たちを教えてきた中で、私などは及びもつかないくらい才能ある子供たちと何人も出会いました。
そこに自分を並べてみたら、なんと恥ずかしい!と思うくらい。
子供だった私の周りにだって私より上手な子はたくさんいました。

でもです。
他の子と比べて卑屈になるのではなく、先生を信じ切っていたからこそ、師匠が教えてきた何百人もの生徒の中で唯一人プロになれたのです。
今ははっきりわかります。

素直にほめられること

これも一つの才能なのだ!
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