「心の相談室」バックナンバーは前回「おわりに」で完結!のはずでしたが久々に書について語り始めたのでもう少し。ちょっと真面目な話。

私は7歳で書を始め、以来、常に墨のそばにいます。

それがあまりに自然なことで、逆に自分でどんよくに墨の作品を探すとか、誰かの作品が私の人生に影響を与えるとか、そういったきっかけはないまま大人になりました。
が、ふと見回してみると案外自然な形で墨の作品に触れる機会というのは今の日本にはなかなかないのだな、ということに気がつきました。

今ではもちろん古本屋めぐりをしてでも、いい書家の作品集を手に入れる、ということが私にとっては生活の一部です。でもそれは私がプロを志してからのことですから積極的な行為です。

いい作品は常に私に何かを与えてくれます。
しかし、そういった体験がなかなかできない、あるいは知らない人がたくさんいる。
これは残念だなといつも思っています。
書にとっても、出会えない人にとっても。

少し古い小説を読むと、手書きの文字からのメッセージや文字への思いが色々なところで大事な要素としてでてきます。とても素敵なことではないですか?!
でも現代日本でそれが理解できる人は減っています。書と筆文字のフォントを同じに扱う人もたくさんいて悲しくなることがたくさんあります。

でも今、日本人は本当に墨から離れてしまっているでしょうか?

そんなことはありません!!!
個展会場で、「もっと早く会いたかった」と言われることもたくさんあります。

「興味はあるけれどもどこに行ったら見られるのかわからない」という人にもたくさん会いました。

「今日は気分が落ち込んでいたけれど友達に連れてきてもらってよかった。作品を見たら心が晴れました」と言われたこともあります。

「書の作品は初めてみるけれどもいいものですね」
このセリフこそ何度言われたかわかりません。そして、どれだけ私を支えてくれているかわかりません。

書は学校で習わされた「お習字」ではないのです。
長い間東洋で最高峰の芸術として発展してきた素晴らしい芸術です。
心を動かすのです。

フォントにしか見えない日本人が増えるのは
本当の書に触れていないから。
知らないからなのだろうと思います。知らないからおんなじようなものだろう、と思って知ったつもりになっているように思います。

しかし知らないはずの外国で発表するとまったく読めないのに感動してくれる人がたくさんいます。
感性でわかりあえる芸術なのです。
少しでも多くの日本人に「書」に触れてもらって、お習字の先入観なしに感じることを思い出してもらいたい。自分たちの芸術なのだから。
そんな思いを強く持っています。

世界は今、日本ブームです。
日本でも筆文字は若者に人気があります。
道端で色紙をかいている若者に人だかりができたりします。
それはそれで興味のきっかけになれば嬉しいことです。
でも、「ごっご」の筆文字はいつまでも彼らの心にとどまりません。

「筆文字」ではなく「書」に触れる。
そんな芸術活動をこつこつ続けていきたいと思っています。banner-kokoro

【Kinkoちゃん随筆】 書家・美術家 金子祥代 https://www.kinkochan.com/
長年古典で培った書の力をベースに世界各地で現代アートの世界を展開中
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